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2013/12/17

クロニクル

ごく普通の生活を送っていた高校生たちが、突如として超能力者として覚醒したことから思わぬ事態に。
画面はアンドリューがまわすカメラの映像を中心としたモキュメンタリータッチになっている。

何故地面の穴に「あんなもの」があってそれで超能力者になるのかの説明は一切無い。それは本作では物語が始まる上での些末なきっかけに過ぎないからだ。
低予算ながら自動車を次々と跳ねのける超能力の描写に加え、十代の日常や心情をリアルに描いたドラマ部分もなかなか良く出来ていたと思う。

同じ能力を手に入れても、リア充と非リア充とでは捉え方がまるきり違う。前者はあくまでも日常の延長。後者は段々と万能感に支配されていき、最終的にはまるで某ムスカのように自分のことを頂点捕食者と言い出す始末。
最後の枷が外れて暴走する有様は「キャリー」に通ずるものがある。誰の言葉も届かず死ぬまで止まらない。
本作のアンドリューとキャリーの共通点、両者とも家庭環境が最悪。親がまともだったら少しは違っていたかもしれない。

普段大人しく抑圧されている者が能力(チカラ)を持つととんでもない事になる、というお話。抑圧されていればいるほど心の闇は暗く深く、最終的には自分を含む全てを破壊してしまわないと治まらない。

視聴後、なんだかとても哀しい気持ちになる作品でした。


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